事件を起こそう

#42

2016年07月30日
makoto_kao
 
「そろそろ、事件を起こした方が良いと思うんだ」
 
 
我らが所長、柊マコトが唐突に口にした言葉に、会議室は静まり返った。
マコトの真剣な表情。
こいつは一体何を言い出すんだ。と言わんばかりのカイトの表情。
そして、また厄介なことになりそうだ、と思っている僕。
こちらの反応を待っているようなマコトの態度に、仕方なく行動を起こす。
おもむろに携帯電話を取り出し、番号をタップ。
yukito_syazai
 
「もしもし警察ですか。ここに不審者が」
 
kaito_fukigen_1
 
「待て」
 
 
カイトの制止に、僕は携帯電話を耳から離した。
kaito_akire
 
「気持ちは分かるが、やめておけ」
 
yukito_muhyojyo
 
「ただの冗談です。気にしないで下さい」
 
 
電話の向こうから聞こえる時報に別れを告げて、議事録を再開させる。
そろそろ真面目に仕事をしよう。
makoto_komari_1
 
「僕のは冗談じゃないんだけど」
 
 
マコトの言葉に、再度携帯電話を手にしようとする僕。
カイトも今度は止めなかった。
makoto_kao
 
「実は、ブログのことなんだ」
 
 
ブログと言うと、ひいらぎ転職相談所の日常を綴った、このブログのことだろうか。
makoto_kao
 
「マンネリ化してきたと思わないかい」
 
yukito_muhyojyo
 
「思いません」
 
 
即答してみる。
マコトやカイトは、このブログをあまり読まないという約束になっているから、内容はよく知らないはずだ。
マンネリ化しているなど、気付かれるわけがない。
makoto_kao
 
「ユキトくんはいつも、僕たちの日常をありのままに書いてくれていると思う。それはとても感謝しているよ。
 でも、気付いてしまったんだ。僕たちの日常は、あまりに日常過ぎて、なんの面白味もないんじゃないかということに」
 
yukito_muhyojyo
 
「それがリアリティというものです」
 
 
このブログを始める際に、マコトが口にした台詞だ。
日常とはそういうものである。
makoto_kao
 
「確かにリアリティは必要だよ。けれど、ブログを読んでくれる薬剤師さんに楽しんでもらうという気持ちを忘れてはいけないんだ」
 
kaito_gimon_1
 
「それで『事件』か……」
 
 
つまらなそうに、カイトが手にしたペンをくるりと回す。
この話に付き合っているということは、少しはマコトと同意見なのかもしれない。
そうなると、僕がここでかたくなに反対しても無駄だ。
仕方ない。具体的な話を聞くことにしよう。
yukito_muhyojyo
 
「たとえばどんなことですか?」
 
makoto_kao
 
「それはもちろん、壮大で大作で大活劇のスペクタクルな感動巨編だよ!」
 
 
全部同じ意味だと思うのだが、面倒臭いので突っ込まない。
yukito_muhyojyo
 
「誰が書くんですか」
 
makoto_kao
 
「ユキトくん」
 
yukito_muhyojyo
 
「嫌です」
 
makoto_gimon
 
「これは仕事だよ?」
 
yukito_muhyojyo
 
「いや、仕事とか言われても無理です。書いて欲しいなら、その壮大な物語を実現して見せて下さい」
 

 

 
僕がそう言うと、マコトはにっこりと微笑んだ。
makoto_hohoemi
 
「そう言うと思ってね、とっておきの題材を用意したんだ」
 

 

 
嫌な予感がする。
makoto_kao
 
「リアリティがあって、読む人が楽しめる、感動的な巨編といえばこれしかない。
 そう! テーマは『恋愛』だよ!
 ユキトくんが気になる女性に出会って恋をし、その気持ちを実らせるまでの心の成長を書いた純愛物!
 題して『ユキト~初恋~』! どうだい!? 素晴らしいだろう!?」
 

 

 
マコトは熱を持って語りながら、資料を机の上に広げる。
そこには、僕が道ですれ違った女性に想いを寄せるところから、数々の苦難を乗り越えて結婚するまでの流れが書いてあった。
リアリティと呼ぶのか。これを。
僕は痛くなってきた頭を抑えながら、残酷な事実を告げることにする。
yukito_muhyojyo
 
「残念ですが、無理ですね」
 
makoto_gimon
 
「どうして?」
 
yukito_muhyojyo
 
「僕、彼女がいるので」
 

 

 
さて、今日の議題はこれで終わりだろう。
片付けて執務室に戻ることにしよう。
目を丸くしているマコトを置いて、僕は立ち上がる。
先ほどから空気のように存在感を消していたカイトも、さすがに少し驚いた顔で僕を見ていた。

 

makoto_odoroki_2
 
「事件だーっ!!」
 

 

 

 
僕がいなくなった会議室から、マコトの声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。
事件が起きて何よりである。